旧有路家住宅 封人の家
 封人の家 (国指定重要文化財)
 「封人の家」とは国境を守る役人の家のことで、仙台
 領と境を接する新庄領境田村の庄屋の家、つまりこの
 旧有路家住宅であったといわれています。
 元禄2年(1689)5月15日、俳聖松尾芭蕉は門人の曾良
 をともなって仙台領尿前の関を越え、出羽の国へと旅
 路を急ぎました。
 しかし、もう日暮れ頃になってしまいました。
    大山を登って日すでに暮れければ、
    封人の家を見かけて宿を求む。三日
    風雨荒れてよしなき山中に逗留す。
      蚤虱馬の尿する枕もと
 と芭蕉は「おくのほそ道」に綴っています。
 梅雨どきの大雨のためいたしかたなく17日まで2泊3日、
 この家に滞在したのだといわれています。
 曾良は「17日快晴、堺田ヲ立ツ」と日記にしたためて
 いますが、2人は主人から案内の若者をつけてもらい、
 山刀伐峠の難所を越えて、尾花沢の鈴木清風をたずね
 て行ったのです。
 
 <展示資料の内容>
 この資料展示室は、封人の家(旧有路家〔ありじけ〕
 住宅)の付属施設です。
 建坪約40坪の小規模の展示室ですが、かつて馬産地で
 あった最上町の歴史的特色が、展示資料を通して十分
 に窺える施設です。
 鞍や蹄鉄などの馬具類をはじめとする百数十点の馬関
 係資料と、芭蕉・おくのほそ道関係の資料が展示され
 ています。
 馬服・膝あて・腹帯・馬の手入れ用具等は、馬の生産
 地特有の資料です。
 いずれの資料も、昭和30年代まで実際に使用していた
 ものばかりです。
 
 <古い民家 旧有路家(ありじけ)住宅> 
 この建物は本県東北部に見られた広間型民家の代表的
 なもので、昭和44年12月18日に重要文化財として国の
 指定を受けた町有の建造物です。
 昭和46年6月から同48年3月まで、文化庁並びに関係機
 関の指導監督のもとに解体復原工事を行い、建築当初
 の姿に復原したものです。
 
 <小国馬産(おぐにばさん)の歴史>
 最上町は、昭和29年9月1日に誕生した町です。
 それまでは小国(おぐに)という地名で、山形県内で
 は随一の馬産地でした。
 馬産の始源は中世頃と想定されますが、この地方が本
 格的な馬産地としての歩みを始めたのは、江戸時代半
 ばのことです。
 以後、この地方は新庄藩の保護・奨励下に、乗用馬中
 心の馬産地として発展しました。
 この地方では主として牡馬(雄馬)を移出しましたが、
 小国産の牡馬は、“小国駒”と呼ばれて、江戸や越前
 地方にまで移出されました。
 明治25年に、小国地方は軍馬の購買地に指定されて、
 それから昭和19年までの53年間に、836頭の小国馬が、
 軍馬に買上げられました。
 芭蕉の「蚤虱〔のみしらみ〕馬の尿する枕もと」の句
 の背景に、まず馬産地ということを考えなければなり
 ません。
 
 <堺田村と有路家>
 堺田村は寛永15年(1638)以後、正保年間(1644〜47)
 頃までの間に独立村となりました。
 永くこの家に住んできた有路氏は代々この村の庄屋で、
 当主は15代目と伝えられています。
 この建物の様式や技法には元禄をくだらない古さが見
 られ、300年以上の歴史を経ていると推定されます。
 建物の特色は、いわゆる役屋(村役場)としての性格
 をもち、さらに問屋や旅宿の機能もそなえた国境の庄
 屋家屋にふさわしい構えの住宅といえることです。




住所 〒999−6106  山形県最上郡最上町堺田59−3
アクセス JR堺田駅より 徒歩5分
期間 期間限定  4月 〜 10月  冬季閉鎖
時間 9:00 〜 17:00 
料金 120円  小中生
250円  高校生以上
駐車場 20台
予約 不要
問い合わせ先 TEL : 0233-45-2397  封人の家管理事務所



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